家庭のまつり
家庭で行う祭儀
私たち日本人は古代より自然を神として崇拝してまいりました。海や山や川、森や木や草、また岩や石など、森羅万象自然の全てのものに神霊が宿ると信じ、それぞれの調和の中で平和な暮らしを送ってきたのです。
家の中にも神々を祀る習慣があり、竃 ( かまど ) には荒神さま、井戸には水神さま、厠 ( かわや ) には厠神さまなど、様々な神様をお祀りしてまいりました。それは何れも私たちの生活に欠くことのできない存在であり、大切な場所だったからなのです。
このように、日本では家庭の中に神さまをお祀りし、神さまが身近な存在であって、神さまと共に日々の生活を営んでまいりました。その家庭の中心になるのが神棚であり「家庭のまつり」を行うことで、家に災いがなく家族が元気に健康で暮らせるように祈り、神さまに感謝する心を養い、優しさと思いやりの心を育んできたのです。
神々を敬い、先祖を尊ぶという日本人の信仰生活の最も基本となるものが、家庭のまつりの中にあって、そこには先人たちが日々の暮らしの中で守り伝えた「祈り」があり、それが今日まで脈々と受け継がれてきているものです。
目に見えぬ 神にむかいてはじざるは 人の心のまことなりけり
人々の目には見えない神さま、しかし人の行いや考えまで全てお見通しになられている。その神さまの前に出ても恥ずかしくないという生き方こそが、正に人間らしい「誠の心」であろう。
このように明治天皇御製のお言葉の中には神さまへの純粋な気持ちが現わされおります。
家庭のまつりの意義
社会を形成する基盤となるのは家庭であり、家族の和や協調性を深めるということからも、神棚をお祀りし先祖にも手を合わせるということは大切なことなのです。自分たちの生命を支えてくれている目に見えない働きを感じながら、神さまや祖先のおかげで生かされ今を生きていることを実感し、日々の生活の中で「ありがとうございます」という感謝の祈りを捧げるのが「家庭のまつり」なのです。
家族みんながお互いを思いやり、自分のことだけではなくそれぞれの幸せを祈り、そして神さまや祖先に対する報恩感謝の気持ちが「家庭のまつり」から育まれるのです。
神棚について
神棚は神社の御神札(おふだ)を納めて、神々をお祀りする神聖なところで、家庭の中心であり心の拠りどころでもあります。
神さまを棚にお祀りするようになった起源は、今から千三百年も前に著された『古事記』に、天照大御神(あまてらすおおみかみ)さまがお父さまの伊邪那岐命(いざなぎのみこと)から賜った神聖な宝物を、神さまとして棚にお祀りされたと記されており、現在の神棚が伊勢神宮と深い関わりがあることが覗えます。
また伊勢神宮といえば、皇室の御祖先にあたり、日本人の総氏神として仰がれ古くから「お伊勢さん」と広く親しまれ、その御神徳によって日本は秩序づけられて発展してきたと信仰されていることから、全国の家庭で伊勢神宮の御神札「神宮大麻」(じんぐうたいま)が、お祀りされるようになったのです。
神棚の祀り方
私たちの生活に欠くことのできない神棚は、今日では座敷や居間に設けて神さまをお祀りするのが一般的ですが、実際にどのようにすれば宜しいのでしょうか。
神棚を設ける場所
神棚は一家の中心となる神さまのお住まいですから、明るく清潔で静かな場所で、南向きか東向きに大人が見上げる位の高さに棚を吊って設けます。家族がいつも集まる部屋で、毎日親しみを込めてお参りできる場所であることも大切です。
また、神棚の下を人が行き来したり、二階がある家ではその上を歩くような所は避けた方が宜しいでしょう。(二階がある家には、神棚の上に「雲」と書いて貼り付ける場合もあります。)しかし、現在のような住宅事情では、そうした場所がないことも多いですし、マンションなどの集合住宅では棚を吊ることも困難なこともあるようですので、そうした場合は家の中の最良と思われる場所を選んでお祀りされると良いでしょう。
どうしても神棚を設けることができない場合は、南向きか東向きの壁や柱などの高い所に、御神札を糊や両面テープなどで貼り付けます。もしくは、茶箪笥や書棚などの上に半紙を敷いてそこにお祀りするようにします。
御神札の納め方
神棚には、一、伊勢神宮の御神札(神宮大麻) 二、氏神さまの御神札 三、その他の崇敬する神社(信仰する神社)の御神札を納めますが、御神札にはお祀りする順序があることに注意しましょう。例えば三社造りの神棚の場合は、中央に伊勢神宮、向かって右に氏神さま、向かって左に崇敬する神社の順番にそれぞれ御神札を納めます。また一社造りの神棚の場合は、一番手前に伊勢神宮、次に氏神さま、その後ろに崇敬する神社の順に重ねて納めます。
一年間お祀りした御神札は、感謝を込めて神社に納めて、また新しい御神札を頂きお祀り致しましょう。
神饌(お供え物)の供え方
毎朝、食事の前に顔を洗い、神棚の榊の水を替えて、燈明(ローソクなど)に灯を燈して、神饌(神さまのお召し上がり物)をお供えます。
神饌をお供えるのにも実は順番があるのです。
例えば、お米(またはご飯)・お塩・お水の場合は、
一、お米を中央に
二、お塩を向かって右に
三、お水を向かって左に 《図① 参照》という具合です。
また、お酒もお供えする場合は、
一、お米を中央に
二、お酒をその両側に
三、お塩を向かって右に
四、お水を向かって左に 《図② 参照》という順番になります。
毎日お供えする神饌は、お米・お塩・お水の三品で、これらは何れも私たちが生きていく上でも欠くことのできないものだからです。また、お正月や毎月一日・十五日、家族にとって大切な日などにはこの他にも野菜や果物もお供えし、季節の初物や珍しい物なども先ずは神棚にお供えします。
お供えしたものは「お下がり」として、家族みんなで頂きましょう。お下がりを頂くことで神さまのお力を頂く、という意味があるからです。
祭器具について
神棚に神饌をお供えするのに必要な物として、家庭用の祭器具(さいきぐ・土器)があります。
①平瓮(ひらか・白い皿)には、お米・お塩を盛る。②水器(すいき)には、お水を入れる。③瓶子(へいし)には、お酒を入れる。④榊立(さかきたて)には、榊を立てる。⑤三方(さんぼう)または折敷(おしき)には、これらを載せます。また、燈明(とうみょう)は電灯式の燈籠型のものやローソクを一対灯します。
以上の祭器具は神棚に合った大きさの物を揃え、お供え物の専用として使用し毎日きれいに洗ってから用いるように致しましょう。
※神棚や祭器具は当神社でも頒布致しておりますが、神具店でも求めることが出来ます。
日々のおまつり
私たちの生活に身近な神さまがいらっしゃる神棚は、毎日欠かさずお祀りしたいものです。しかし、その方法が判らなかったり、悩んだりされることもあるかと思いますが、家族皆が毎日挨拶したり食事を取るのと同じように神さまに接すれば良いのです。何より真心を込めて誠心誠意お参りすることが大切です。
もし、身内に不幸があった場合は、葬儀に関わる間は故人のまつりに専念するため、神棚の前に半紙を貼り「忌明け」(※詳細は神葬祭の「忌とは」を参照)が過ぎるまで毎日のお祀りを遠慮します。
お参りの作法
お参りの作法は、神社に参拝する時と同じように二拝二拍手一拝(二礼二拍手一礼)を行います。家族揃ってお参りできれば宜しいのですが、それが出来ない時は、それぞれが出かける前と帰宅してからもお参りしましょう。
つまり、朝からの「おはようございます」や「行ってきます」、帰って来てからの「ただいま」や「おやすみなさい」の挨拶のように、毎日の平穏な生活や家族みんなの健康を祈り感謝することなのです。
先祖のまつりについて
家庭のまつりには、神棚の祀りの他に忘れてはならない大切な祀りがもう一つあります。それが先祖代々の御霊をお祀りする「祖先のまつり」です。
¥我が国では古くから、祖先の御霊はこの世にとどまり子孫を守ってくれるものだとされてきました。現在ある私たちは、祖先からの永遠の生命で繋がり神さまと共にいつも見守ってくださっていると信じられており、親しみを込めて祖先をお祀りすることが大切な伝統なのです。
日々のおまつり
祖先のまつりは、神棚とは別に祖霊舎(みたまや・御霊舎)で行います。これは、仏式でいう仏壇にあたるもので祖先の御霊が鎮まる御霊代(みたましろ・霊璽)を納める、木製の屋内祭壇です。
祖霊舎は、神棚とは別のところに設けるようにしますが、家の間取りの関係で神棚の下や隣に設けることもあります。何れの場合も、神棚よりもやや低く大人の上半身程の高さにするのが望ましいでしょう。
祖霊舎のお供えは神棚の場合と同じですが、家族にとって特別な日や命日等には、季節の物や故人の好物があればそれも一緒にお供えしましょう。また、お参りの作法も神棚と同じなのですが、神棚にお参りした後に行います。
祖霊舎(みたまや・御霊舎)や御霊代(みたましろ・霊璽)の詳細は神葬祭のページをご確認ください。
命日・年祭について
故人の逝去日である命日(祥月命日)には、毎日のお供え物の他に野菜や果物など故人の好物等も供えて、お墓まいりもあわせて行います。また特別な命日のお祀りとして、亡くなった翌年から一年、三年、五年、十年、以降は十年毎に「年祭」として行います。その日には、家族の他に親戚や故人と親しかった人達を招き、神職におまつりを執り行ってもらいます。
子孫の手厚いおまつりが続けられ五十年(もしくは三十年)が経過し、故人を知らない世代が遺族の代表となると、それを一つの節目として「まつりあげ」となり、故人の御霊は清められて神さまのもとに帰るといわれております。
お盆とお彼岸について
お盆やお彼岸の折にも、祖先の御霊を身近に感じるのと共に、親しみを込めてお祀りする時なのです。一般的にはそれらが仏教行事として捉えられていますが、祖先の御霊を温かくお祀りすることこそ、日本古来の祖先まつりといえるでしょう。 お盆とお彼岸の時期には、祖霊と家族や親戚などが集まり、地方やそれぞれの家庭の風習に従って祖先をもてなし、生前の話などで故人を偲びながら近況なども奉告します。
今に伝えられる「家庭のまつり」に、長い年月をかけて祖先たちが祈ったあとをかえりみる時、祖先と子孫の生命の通い合いを知ることができます。何事も繰り返し、また繰り返し行うことでその思いが増すように、祖先たちの営んできたこの「生命の道」を、私たちは大切に受け継いで行かなくてはなりません。
神さまや先祖の前で、朝起きてから「おはようございます。今日も一日家族皆が無事で元気に過ごせますように」と祈り、帰って来てから「ただいま帰りました。お陰さまで今日も一日楽しく過ごせました」と感謝する。そんな素直な心が日々の暮らしの中から生まれ、豊かな人間性を育んできた日本古来の素晴らしき伝統なのです。